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イーサネットの発想

大変興味があります。

イーサネットのまじめな話。実は知らないことばっかりでした。


イーサネットの発想の原点はハワイ大学のノーマン・エブラムソン教授が開発した「ALOHAシステム」と言われている。ハワイ諸島の島々を4,800ビット/秒の無線によるネットワークで結ぶシステムであった

ALOHAシステムのアイデアに基づいて最初のイーサネットは1972年?1973年にかけて、米ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)において、ロバート・メトカーフを中心に開発された。1973年5月22日、特許として登録したため、この日がイーサネットの誕生日とされる。発明当初の伝送速度は2.94Mbpsで、これは当時開発中のコンピュータ XeroxのAltoのベース・クロック5.88MHzに合わせた為だとされている。ゼロックス社はその後、特許を開放してオープンな規格とし、インテルとDECを開発に加えて、1979年、3社の頭文字をとってDIX仕様を制定する。伝送速度は10Mbpsだった。翌年の1980年には、この仕様をIEEE 802委員会に「Ethernet 1.0規格」として提出・公開した。このオープン規格に対して世界中の企業・技術者が技術の使用と製品の開発に加わり、さまざまな商品が生み出されていった。メトカーフ氏自身もゼロックス社を退社して米3Com社を創設しこのネットワーク製品開発競争を主導していった。1980年代当時は、米IBM社が「トークンリング」を、米アップルコンピュータ社がAppleTalkという「ローカルトーク」をそれぞれネットワーク製品として強力に推進していたが、結局、規格を公開して多くの賛同者を得たイーサネットが勝ち残った。

現在、普及しているイーサネットは、1982年に提案された「Ethernet 2.0規格」を元に、1983年にIEEE 802.3 CSMA/CDとして策定された仕様である。

イーサネット初期の10BASE2/5/-Tの時代は、OS側でのネットワーク・サポートは限定的であり、PCではNovel社のNetwareやIBM社のLan Managerといった専用ソフトを購入しないとファイル共有といった基本的な機能すら得られなかった。

1980年代のPCではネットワーク・インターフェース・カード(NIC)やイーサネット・カードと呼ばれるマザーボードに差し込むISA/EISA/NESA形式のドーターカードがオプションで販売されていることが多かったが、1990年代初めにはPCI形式でのカードがPCに標準的に備わり、1990年代後半にはCPUの専用周辺回路であるブリッジ・チップに最初から回路の一部が含まれるのが普通になったため、マザーボード上にイーサネットのジャックであるRJ-45が備わっていた。この頃にはイーサネットによるLAN機能の実装が当たり前になるとともに、イーサネットという用語そのものを使うことがまれになった。2007年現在では、マザーボードによっては2つのネットワーク・ポートを持つものも珍しくない。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年01月22日 18:28に投稿されたエントリーのページです。

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